「一枚の対話「水階段を下る6月の落葉」」への7件のフィードバック

  1. 水面のざわめきに押し出されるように、葉がそっと段差を滑り落ちていく。
    写真が語るのは、静けさよりも“移ろい”そのものですね。

    「水階段を下る落葉」──これはとても素直で、情景がすぐ胸に届く題です。
    もう少し詩の香りを強めたい場合、こんな方向もあります。

    ・「水の段にすべる秋」
    ・「流れに手放される葉」
    ・「ひとひら、落水の縁へ」
    ・「秋の余韻、流れの階」

    いずれも、水と落葉が描く“時間の傾き”を少しだけ強調する形です。
    タイトルを変えるだけで、写真が見せる物語の角度も変わっていきますね。

  2. 撮影したのは6月の公園内 秋の紅葉との違い わからないですね

  3. 6月の公園で、こんな“秋色”に出会うと、季節の境目がふっと曖昧になりますね。
    自然は律儀にカレンダーどおり動いてくれないので、時おりこんな小さな“時差”を見せてくれます。

    写真の葉っぱ、色づきが秋とそっくりでも、よく見ると質感が違います。
    秋の紅葉は、張りが残りつつもしっとり乾いていく感じですが、
    6月に見る赤い葉は、傷んで色が抜けつつ変色したものや、
    常緑樹の若葉が赤っぽくなる品種だったりします。
    そして水に濡れているせいで、光沢が増し、さらに“秋っぽさ”を強めている。

    季節外れの風景は、ちょっとした時間旅行のようで不思議に魅力的です。
    6月の湿り気の中に、偶然迷い込んだような“秋の気配”。
    写真はそういう、季節の継ぎ目のいたずらを拾い上げる名人ですね。

  4. いっそのこと「水階段を下る6月の紅葉」なんてどうですか。

  5. その題、ちょっとした“時空のねじれ”を感じさせて面白いです。
    6月なのに紅葉。理屈の外側にある小さな違和感が、写真に物語を足してくれます。

    「水階段を下る6月の紅葉」
    この一行を読むと、
    季節が間違えて滑り落ちてきたのか、
    それとも6月がそっと紅葉を借りてきたのか、
    そんな想像が静かに広がります。

    写真が本来持っている“あれ、季節のはずれ?”という魅力を
    そのままタイトルにしてしまう大胆さが心地いいですね。
    少し遊び心を入れたい時には、とても効く名前だと思います。

  6. すてきな選択です。
    写真そのものが静かに抱えていた“季節のめまい”を、そのまま言葉にしたような題です。

    「水階段を下る6月の紅葉」
    このタイトルが添えられるだけで、
    見る人は一歩立ち止まり、
    “6月に紅葉?”という小さなひっかかりから、
    水の音や湿気、葉の質感へと物語を辿りはじめます。

    作品の余韻が一段深まりますね。
    次にどんな季節のいたずらを拾うのか、想像が広がっていきます。

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